jp
jp
jp
jp
海に浮かぶ森のような島は
が見えるか見えないかのあたりで、海は急に色を変えました。

今まで見てきた海と、今、目の前に見える海がおなじだとは思えなくて、わ
たしは目をおおきくひらきました。

海の上に浮かぶ森のような島からすこしはなれた場所には、もうひとつちい
さな島があり、すっくと一本の木がたっています。

「あれはなに?」

そう聞くと、船の運転をするひとは、「いっぽん松っていうんだよ」と言い
ました。

船が港にちかづくと、桟橋に立つ街灯が見えました。
船の舳先には、おおきなタイヤがくくりつけられています。

船は道路を走るわけではないのに、どうしてなんだろう。

そう思っていたら、到着したときに、タイヤが港のへりのコンクリートにぶつかりました。

ぶわんと船が揺れ、少し港から離れ、それから、そっと、もう一度岸に着きます。

「そのまま、ぶつかったら船が痛いものね」

わたしがそう言うと、船の運転手さんは、
「そうだね、船はここでは大事なのりものだから」
と言いました。

港には、いくつか車が並んでいました。
船からおりたひとたちは、話しながら車へ向かっていきます。

わたしは、あたりを見回しました。

濃いみどり色から青、水色と、海はなめらかにひろがっていました。

海をぐるりとかこんで、こんもりと濃い色をした森のような山があります。

山からは、まるで海をもっと見たいというかのように、ところどころおおきな木がせりだしていました。

わたしは、港からつづく丘をのぼる道を歩きだしました。

がりくねった一本道をのぼりきると目の前にまた海がひらけて、
わたしはわっと声をあげました。

長くつづく浜はすべて白い砂でできていて、まるい湾となっています。
こぶをつけた木が、アーチを描くように浜辺をかこんでいました。

浜辺には、ひとりのおんなの子がいました。
ぴんと弦が張られた楽器を弾きながら、海に向かって唄を歌っています。

諸鈍長浜に 打上げ引きゅる波や 
諸鈍若娘ぬ 笑いはぐき

しょどんながはまに うちゃげひきゅるなみや
しょどんむぇらぶぇぬ わらいはぐき

浦々ぬ深さ 諸鈍浦ぬ深さ
諸鈍若娘ぬ 想ぬ深さ

うらうらぬふかさ しょどんうらぬふかさ 
しょどんむぇらぶぇぬ うむぇぬふかさ

言葉の意味はまったくわかりませんでしたが、その唄声は向かいに遠く見える島々まで届くようでした。

唄が終わったあとに私が拍手をすると、おんなの子は笑っておじぎをして、
「この唄は『諸鈍長浜節』っていうんだよ」
と言いました。

「この浜は、諸鈍長浜って言ってね、昔は沖縄の人がよく訪れていたんだって。それで、この集落の女の子と恋に落ちて、『諸鈍の女の子の笑顔からこぼれる白い歯は、浜に打ち寄せる白波みたい』、『諸鈍の女の子の思いの深さは、諸鈍長浜の沖よりも深い』って歌ったんだ」

「それから、そのふたりはどうなったの」

わたしがたずねると、おんなの子はうつむきました。

「さぁ、わからない。きっと、そんなことを言いながらも、男のひとは自分の島に帰っていったんじゃないかな」

「どうして? 理由があるの?」

わたしが問うと、おんなの子は、肩をすくめて言いました。

「そのひとのなかでは、あるのかもしれないね」

おんなの子は、ぱたんと砂浜に寝転び「ばっかみたい」とつぶやくと、まぶたを何度かぱちぱちとしてから、目をつぶりました。

からすこし歩くと、おおきくひらけた田んぼが見えました。
田んぼのまん中には、細い一本道がとおっています。

田んぼには、帽子をかぶって身をかがめ、稲のようすを見ている男のひとがいます。
わたしは、そのひとにちいさくおじぎをしました。

そのひとは、タオルで顔をぬぐったあと、日に焼けた顔をくしゃりとさせて言いました。

「この田んぼは、冬にはこの道沿いに、まるで海へつづくみたいに夕陽がおちる。秋は稲がきん色にたなびいて、そりゃあ、きれいだ。白くておおきな、渡り鳥もくるんだよ」

「すてきね、きっと、本当にきれいね」

日に焼けた男のひとはまた顔をくしゃりとさせて、
「そうだよ、見においで」
と言いました。

そして、わたしは田んぼのまん中の、海へと続くような道を歩いて、もう一度、浜辺に向かいました。

ほどのおんなの子は、ちがう場所に行ったようで見当たりません。
浜辺では、ちいさな子どもたちが遊んでいました。

「どこから来たの?」

子どもたちが、きんと澄んだ目でわたしを見つめて言いました。

「どこから、だろうね」

そう答えると、

「わからないの?」
「大人なのに?」
「どうしたの?」

子どもたちが、口々にわたしに問いかけました。

「うん、わからない。もう、ずっとわからないの」

そう言ったら、なんだかのどの奥がこみ上げるように熱くなりました。

すると、子どもたちが、「手を出して」と言います。

こぶしをゆるめて手を差し出すと、ころんとまるいかたちをした青やみどり の透きとおったかけらがみっつ、手のひらの上にのせられました。
「これはね、シーグラスっていうんだよ」
「割れたガラスがね、海に入るとこうなるの」
「割れたガラスもね、海にいたらこうなるんだよ」

さっきと同じように口々に、けれど、さっきとはちがってなんだか必死なようすで、子どもたちが言いました。

「割れたガラスなんか、そのままさわったら痛いだけなのにね」

そうつぶやくと、子どもたちは、

「だいじょうぶだよ」
「痛くても、海に入ったらこうなるんだよ」
「海に入ったら、こうなるんだから」

また口々に言い、「だから、これ、あげる」と、続けました。

「いいの?」

わたしはとてもおどろいて、そのせいか、なんだかぎゅっと胸が痛くなりました。

「いいよ」
「あげるよ」
「いいんだよ」

子どもたちはそう言って、「じゃあね」と浜辺を走っていきました。

割れてしまったものも、きれいになるの。

もういらないと言われたものも、また、きれいになるの。

わたしは、手のひらに残されたシーグラスを、そっと、にぎりしめました。


浜から出て歩き出すと、ぽつんとちいさなバス停がありました。
しばらくすると、赤とクリーム色のこれまたちいさなバスがやってきました。

「このバスは、いちど、休憩をするよ。一時間ばかり」

バスの運転手さんがそう言い、わたしは「はい」と答えました。

「夕暮れには間に合うよ。きっと、今日は、きれいだよ」

わたしはもう一度、「はい」と答えて、バスに乗りました。

バスはくねくねと入り組んだ道を進んでいき、途中で休憩をしました。

一度バスを乗りかえて、滝の上にかかる道を通ります。

白いベンチがある川べりのバス停についたのは、日差しの色が変わりかけたころでした。

「夜道には、ハブがでるから気をつけるんだよ」

バスの運転手さんはそう言って、わたしに手を振りました。

きな木のしたをくぐって浜辺に出ると、右手におおきな石が見えました。

その石は、家を何軒つみ上げれば同じぐらいになるのかわからないほどおおきく、海辺には、さまざまな色の石がありました。

わたしは、腰をおろすのにちょうどよいかたちをした石に腰かけました。

ゆっくりと、太陽が、西に沈んでいきます。

あたりが、光とともに、色を変えていきます。

波が、薄むらさきに、ピンクに、赤に、きん色に。

空気が、薄むらさきに、ピンクに、赤に、きん色に。

手の中で、さっき子どもたちからもらったシーグラスがころんと音をたてました。

「夜道には、ハブがでるから気をつけるんだよ」

バスの運転手さんは、そう言いました。

そのとき、わたしは、こう思いました。

怖い。

日差しの色が、波とともに、また、移り変わっていきます。

きれいに。
透きとおったまま。

怖い。

ああ、なぜ、わたしは、そう思っていたのでしょうか。

もし、怖いことがあるとしたならば、このまましんと静かな夜のふちに溶けてしまうことぐらい。

いいえ、もしかしたら、それすらも怖いことではないのかもしれません。

わたしたちは、きっと、すでに溶けているのです。

夜に、朝に、なめらかな水面と木々をゆらす風に、
海の上に浮かぶ森のような島に。


ただ、
あのひとの白い歯が、あのひとが笑ったときに自分がどんなふうに嬉しくなったのかが、目をつぶっても消えなくて、むしろ、まぶたはスクリーンで、脳みそは映写機で、

思い出が、
過去が、
記憶が、

どんなに振り払おうとしても、よぎって、消えない。

そんなことは、きっと、誰にでもあることです。

けれど、どうしても、べったりと張りついた惨めさが拭えず、身動きも取れない。

そんなときに、わたしは、加計呂麻島に来ました。

人口1,400人にも満たない、南の島。

もちろん、海がきれいで、山もきれい。

その場所に数年もいたら、そりゃあ、癒されます。

でも、じゃあ、癒されたその次は?

そう思ったときに、わたしは、やっぱり、文章を書きたい、と思いました。

何もかも、全部、捨てたい。

そう思ったこともあったけれど、やっぱり、どうしても。

今、わたしは、「失う」ということは、「失うということを手に入れる」ことだと思っています。
そして、失ったと思ったものも、思いがけない成り行きとかたちで、また手のひらに舞い降りることもある、と。

それが、わたしが、この海の上に浮かぶ森のような島、加計呂麻島で知ったことです。

まだ見ぬ方と、知りえぬ未来に、わたしの家から歩いて数秒のビーチで乾杯することを願って。

2015年11月
鹿児島県加計呂麻島より
三谷晶子

鹿児島県・奄美大島南部の町、古仁屋から船で15分。
複雑に入り組んだリアス式海岸沿いに小さな集落が点在する、
人口1,400人ほどの静かな島です。
三谷晶子 Akiko Mitani

作家。東京都出身。著書に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。2013年、短編小説集『こうげ帖』リリース。同誌はWebで閲覧可能。同年、鹿児島県奄美群島の加計呂麻島に移住。小説・コラムなどの執筆活動を行いながら、2015年秋、「加計呂麻島の文化価値を発信する商品の製造・販売」を目的としたアパレルブランド『ILAND identity』を開始。

ILAND identity
http://www.iland-identity.jp

Akiko Mitani Ameba Ownd
https://akikomitani.amebaownd.com/

このサイトに関するお問い合わせ
iland-identity@icloud.com

青木薫 Kaoru Aoki
1977年、新潟県生まれ。1999年、多摩美術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。グラフィックデザイナー、特別支援学校教員などの職を経て、2012年より奄美群島の加計呂麻島に移住、肖像画家として活動を始める。同年、第59回全日肖展にて新人賞を受賞。2015年7月、加計呂麻島・嘉入集落に、「地域と移住者の幸せな出会いの場」を目的としたゲストハウス『Kamudy(カムデイ)』をオープン。

イペルイペ油画製作所
http://iperuipe.jp/

Kamudy
http://kamudy.com/